ニーチェとヘーゲルとパンデミック

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パンデミック。

ヘーゲルの弱点はあるのだろうか?パンデミック、病気、価値のないもの、マイナスのもの。これらをまったく考えていないこと、と言えるかも知れない。実際ヘーゲルはコレラにかかってあっけなく死んだ。ニーチェは病気だった、そして病気の哲学を作った。病気でも進む思考を考えなければならないと感じたのだと思う。

ニーチェ理解の整理。ニーチェはヘーゲルに対してほとんど無関心だった。おそらくニーチェにはその思考がまったく進まなかったのだと思われる。ヘーゲルだけではない、当時存在する哲学には思考が進まなかった、なじまなかった、のだと思う。そこでニーチェは自分に合う思考を探し、ギリシア悲劇を発見し、ソクラテスをそれを破壊するもの(理性)とし敵とみなした。

パンデミックはなぜ発生するのか?それには何の価値もないのか?これは時代の風景、人間の精神と無関係なものなのか?もしこれが人々が望んだものだとしたらどうだろうか。

コンピュータウイルス。Windows用に作られたウイルスはLinuxには効かない。この世のコンピュータがすべてWindowsだったら1つのウイルスによってネットワークが全滅する。新自由主義、各国の防壁を取り去り、一つの価値観で世界を一元化する。ここにもし経済的なウイルスが現れたら世界は滅亡する。経済ウイルスに続いて出現した今回のインフルエンザ騒動、自由化の結果だとしたらどうだろうか。

ヘーゲル弁証法の俗流的な説明、テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼ。テーゼとアンチテーゼはジンテーゼの中にアウフヘーベンされる。ジンテーゼの中に汲み残したもの。ジンテーゼに対抗するテーゼ、アンチテーゼ。ヘーゲルには批判すべきものがまだあると感じる。

絶対精神、世界精神、人間の身体が細胞からできているとしたら、人間からできるその全体、それが世界精神。人間は病気になる、同じように考えればパンデミックは世界精神の病気。病気はどうやって治すのか、休むことによって、生活態度を変えることによって、手術によって。では世界精神にとってこれらは何を意味するか?

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