所有レベル

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日本やアメリカに比べてヨーロッパの方がはるかにMTの割合が高いそうだ。車の話。

Linuxの話。Linuxで作られるソフトはどれも使いづらい(特にGUIアプリの話)。やりたいことがすぐできない。そう感じていたが、どうやら求めているものが違うような気がしてきた。

以前所有権のことを書いて、本当に所有するとは自分で同じものを作れること、見たいに書いた。そのレベルまではいかなくても、それがどのような原理で動いているのかという智識、これを正確に手に入れること、こういう感覚を求めているのじゃないかしら。

ATは便利だけど、中で何が起こってるのかよくわからない。少なくても感覚的に直感できない。そこに不安を感じる。反対にMTだとよくわかり、自分の手足のように感じて楽しい。ATでもちゃんと調べればわかるのかもしれないが、内部でコンピュータ的な制御をしてる感じがする。当然オープンソースではないだろうから、そこで調べられなくなる。

だとしたらこの違いはどころだろう。欧州の人々は国家にしても商品にしても、自分たちで作ってきた、作っているという実感からか。自由という概念、偶然性を排除し必然性を手に入れるという嗜好があるのか。それともただ単に経済的な理由?

いままでのLinuxのような難しさを少なくし、利便性をあげること目指して立ち上がったUbuntuだがWindowsと同じ土俵に乗ってもなかなか普及してないようだ。

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